32、指がない

釣りに危険はつきものだ。私も何度か危ない目に合っている。一番危なかったことの話をしよう。

夏のある日、いつものように長浦で釣りをしていた。ある情報で船留まりのテトラ帯で夜、ワタリガ二が網で取れると聞いた。昼間の釣果で十分だったが、自分の好奇心を止められなかった。テトラ帯へは海岸線の草むらを通って出られる。頭に携帯電灯をつけて、網を片手に持ちテトラ帯に向かおうとしていた。

夜なので草むらに入る時足元が良く見えていなった。何かにつまずいたと思った瞬間ひっくり返った。幸い両手でうまく受け身を取ったので頭をぶつけずに済んだ。足と手に多少すり傷ができたが、血がにじんだ程度だった。

立ちあがって右手で網を持ちなおそうとするとどうもうまく持てない。どうしたのだろうと右手を見ると、なんと右手の親指がなくなっていた。その時はもうパニックになっていたのだろうか、まるっきり痛みは感じなった。いつかテレビの番組で見たことがあったが、切断した指は氷で冷やしても持っていけば病院でくっつけてくれるらしい。頭の中でそのことを思い出し、倒れた場所近辺を捜した。ところがどこにも指は落ちていない。倒れた衝撃でどこかに飛んで行ってしまったのかと余計に焦った。範囲を広げてさらに探した。

2,3分探していたがやはり見つからない。そこで少し冷静に考えてみるとどうもおかしいことに気がついた。指がちぎれているのにどこにも血が付いていない。私はふと気が付いた。ちゃんと手を見直してみると指は手のひらの内側にあった。ありえないような位置ではあるがちゃんと指は付いていた。脱臼をしていたのだ。

このまま病院に行って直してもらおうか、それとも自分で引っ張ってしまおうか迷ってが、自分で引っ張ってしまおうと決めた。痛みは感じなかったので大丈夫だと思ったのだ。

少し強めに引いて2,3度回すと指は元の位置に戻った。神経が切れていないか心配だったので、少し動かしてみたが大丈夫だった。さすがこのまま釣りをする気分ではなったので、帰路に着いた。帰宅途中の車の中でだんだん傷が疼いてきた。倒れた直後に痛みを感じなかったのはやはりアドレナリンが出ていて痛みを感じさせなったのだろうと考えた。

帰宅して妻に事情を話すとすぐに病院へ行けと促されたが、多少痛みはあるが指の動きも正常なので病院へは行かなかった。数日ほおっておいたがやはり痛みが引かないので病院へ行くと骨折していた。場所が指だったのでギプスはせずに堅めにテープと包帯で固定して様子を見ることにした。結局完治するまでに1年もかかってしまった。その間は竿も握れなかったし、仕事のパソコンのキーボードを叩く時も不自由をした。本当にひどい目にあった。

次の夏、妻の実家の岡山でその話をすると親戚みんなに大笑いされた。なんでそんなに笑うのかと理由を聞くと義母が義父を見ながら言った。

「どこにでも同じようなことをするもんがおるんじゃな。」

義父は中指をさすりながら照れ臭そうに言った。

「わしもこの間釣りに行ってこの指がひっくり返ってしもうたんじゃ。」

釣りには危険が付きものだが、ほとんどの場合は回避できる。くれぐれも危険な場所や危険な行為は避けてほしい。

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